2018年01月30日

恨みを晴らす恐怖と恨みを晴らさない恐怖

何ごとも恐怖というのはつきものですが復讐に関していえば恨みを晴らす恐怖と恨みを晴らさない恐怖があります。


どういう意味か分からないかもしれませんが、言葉通りに取って頂いて問題ないことです。


恨みを晴らすことによって降りかかる今後に対する恐怖、つまりは報復などです。


それに対して恨みを晴らさないことで延々と恨みの原因などがフラッシュバックしていくことの恐怖が後者です。




どちらが良いということもありませんが、恨みを晴らす恐怖については解決策があります。


恨みを晴らさない恐怖については自分が耐える必要があるだけで解決策は復讐するか忘れるかしかありません。


しかしふとしたキッカケで蘇るからこそのフラッシュバックですから、忘れるというのは根治させる手段ではないのです。


よって結局のところは復讐して恨みを晴らさないと解決したことにはなりません。


そして恨みを晴らすことによる恐怖も解決して復讐を完結させなければなりません。




報復などを恐れるのは悪いことではありませんが、要するにその手の不安要素がないように復讐をすれば良いのです。


自分一人で実行しようとしても稚拙な方法しか思いつかない、ということなら復讐屋なりを頼れば良いでしょう。


方法は幾らでもあるのです、問題は恐れて停滞してしまっていることにあります。


恨みを持った状態で停滞するということは無意味に自分が耐えなければならないということです。


復讐することを前提に考えれば、この忍耐は無駄でしかありません。

2018年01月22日

恨みを晴らすも仕返しをするも結局は同じ

仕返しと聞くと程度の低い行為である印象を受けてしまいますが、結局は復讐と同じです。


強いていえば志だとか精神的な捉え方が違うくらいで行為として全く同じことをします。


仕返しであろうと復讐であろうと恨みを晴らすためですし、これを受けるターゲットにしてみればどちらも変わりません。




あくまで自分の心の有り様ということであれば、復讐なのか仕返しなのかというのは考慮する必要がありません。


自分の心の中で「これは復讐だ」「これは仕返しだ」という形で考えておけば良いのです。


計画の中にそれらの精神的な事情を入れない方が良いという考え方もできますね。


特に復讐屋などの第三者に任せようとしているのであれば、実行するのが他人なのですから余計にその精神性は介入させるべきでありません。




最も重要なのは恨みを晴らすための行為が上手くいくことであって仕返しなのか復讐なのかというスタンスではありません。


冷たいことをいうと結果が全てという見方もできますから、あまり考えすぎない方が良いでしょう。


復讐や仕返しの他に懲らしめるスタンスというのも同様に自分の中で留めておけば良いことだったりもします。

2018年01月12日

理不尽なことが原因の恨みを晴らすなら

生きていれば一度や二度くらい理不尽な仕打ちを受けることがあります。


そんな時に必ずといっていいほど恨みは発生するもので、それを晴らしたいと思うのも当然のことです。


ですが、これは日本人特有といっていいかと思いますが我慢する方が大多数というのが現状でしょう。


理由は様々ですが恨みの晴らし方が分からない、もしくは報復が怖いといったところが多いかと思います。




結局のところこれらの理由というのは解決することができます。


そもそも問題点というのは解決するためにあると思った方が良いでしょう。


何も恐れることはないのです。




最も堅実な選択肢としては復讐屋などの第三者に頼んでみるというのが良いですがケースバイケースです。


なぜなら「そこまで大したことない恨み」である場合あまりにも大掛かりな行動というのはコストの無駄になりかねません。


自分ではどうすることもできないが恨みを晴らさないと気が済まないというケースで利用すべきでしょう。