2018年02月19日

恨みを晴らすと決めたら躊躇してはいけない

せっかく恨みを晴らすと決意したのに躊躇してしまう方がいます。


正直いってこれはいただけません。


躊躇するくらいなら最初から恨みを晴らすこと自体を諦めた方が良かったかもしれません。




もしくは採用した手段の問題である可能性も否めません。


躊躇するということは誤解を恐れずいえば覚悟が足りなかったということです。


そんな状態でも恨みを晴らすのであれば復讐屋にでも頼むことを検討すべきでしょう。




目的は恨みを晴らすことです。


そのために復讐を実行するという手段がありますから、その手段は確実に履行しなければなりません。


であれば躊躇するくらいであれば他人に任せてしまった方が得策なのです。

2018年02月08日

関係のないところで恨みを晴らす意味はない

恨みを晴らすというのは当事者同士で発生すべきことで、関係のないところで恨みを晴らすという流れに乗る方がいます。


実際のところ行動に出た時には恨みも薄れるとは思いますが結局は本来のターゲットにダメージがなければ恨みはぶり返します。


ですので結論からいえば関係のないところで恨みを晴らす意味はないということになります。




つまるところ本来の復讐相手に何かしらを実行する手立てがないから関係のないところ、という考え方なのだと思います。


しかし関係がないところに何をしても本質的には解決したことにならないのです。


さながら復讐せずに恨みを忘れようとしているのと似たような状況といえます。




忘れようとしても結局はキッカケさえあれば思い出してしまうのが恨みというものです。


復讐屋なり知り合いなりを利用してでも本来の相手に復讐しないことには何も始まらないのです。

2018年01月30日

恨みを晴らす恐怖と恨みを晴らさない恐怖

何ごとも恐怖というのはつきものですが復讐に関していえば恨みを晴らす恐怖と恨みを晴らさない恐怖があります。


どういう意味か分からないかもしれませんが、言葉通りに取って頂いて問題ないことです。


恨みを晴らすことによって降りかかる今後に対する恐怖、つまりは報復などです。


それに対して恨みを晴らさないことで延々と恨みの原因などがフラッシュバックしていくことの恐怖が後者です。




どちらが良いということもありませんが、恨みを晴らす恐怖については解決策があります。


恨みを晴らさない恐怖については自分が耐える必要があるだけで解決策は復讐するか忘れるかしかありません。


しかしふとしたキッカケで蘇るからこそのフラッシュバックですから、忘れるというのは根治させる手段ではないのです。


よって結局のところは復讐して恨みを晴らさないと解決したことにはなりません。


そして恨みを晴らすことによる恐怖も解決して復讐を完結させなければなりません。




報復などを恐れるのは悪いことではありませんが、要するにその手の不安要素がないように復讐をすれば良いのです。


自分一人で実行しようとしても稚拙な方法しか思いつかない、ということなら復讐屋なりを頼れば良いでしょう。


方法は幾らでもあるのです、問題は恐れて停滞してしまっていることにあります。


恨みを持った状態で停滞するということは無意味に自分が耐えなければならないということです。


復讐することを前提に考えれば、この忍耐は無駄でしかありません。